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玄関に飾られた蓬莱飾り。蛸唐草文様を思わせる日陰蔓には、華厳宗の僧侶・清水公照の手になる干支の鼠の絵が描かれた絵馬がかけられ、高坏に盛られた蜜柑、百合根、柿とともに、子孫繁栄と長寿を祝う。季節の移ろいに遊ぶしつらいの極意

新年の宴の〆に、客人を洋間でもてなす。和室とはガラリと雰囲気の異なる華やぎの空間。

皆でおせちを戴きながら新年を祝う。椿絵は小説『佛々堂先生』にも登場する屏風絵で、佐藤さんが画家として見い出した川岸富士男さんの手になるもの。棚には5つ揃いの蕎麦猪口が並ぶ。

茶の湯と生け花、そして骨董が見る目を育てた

 大阪平野の南東部、西国三十三箇所第五番札所の葛井寺の門前町として栄えた藤井寺。昭和初期から本格的に宅地開発が進められたこの地に、昭和十年代当時に建てられたままの姿で残る民家があります。
  風格ある表門を入り、左手に白壁の土蔵を見て、打ち水された敷石を渡っていくと、入母屋の屋根が見えてきます。玄関の右手にある小ぶりの茅葺門をくぐると、巨石や石橋が風景を形づくる庭が広がっていました。椿だけでも50?60種ほどあり、梅、紅葉、萩、南天など、四季折々に表情を変える山水の妙。奥には離れや厨もあり、その敷地面積は500坪にも及ぶといいます。

 お住まいなのは、知る人ぞ知る「佛々堂先生」こと佐藤禎三さん。骨董蒐集家として知られ、コレクションが散逸しないようにと、蒐集した3075個もの蕎麦猪口を大阪日本民藝館に寄付したのは有名な話。その審美眼は蒐集だけにとどまらず、花を活け、器に絵を描き、書を認め、表具を施し、若き芸術家を育て、数々の催事のしつらいを手がける、まさに現代の数寄者なのです。
  実は、佐藤さんは服部真澄さんの小説『清談 佛々堂先生』のモデルで、その審美眼にまつわる数々の逸話が紹介されています。小説には、その名の由来として「ブツブツ文句をいうから」とユーモラスに描かれていますが、本当は椿を活けるための佛花器を蒐集していたからなのだそうです。

 大阪の中心地からこの家に越してきたのは、幼少の頃。鉄鋼商を営むお祖父様が家を建て、当時まだ隣家もまばらだった藤井寺へ一家で移り住むことになったといいます。贅を凝らした邸宅は、柱に木目の細かい栂を使った栂普請で、伝統的な和風建築の趣き。二階の庭に面した壁すべてにガラス戸を使っている点や、当時いち早く洋間を取り入れ、照明などに大正モダンの香りを残しているところが特徴的です。

 佐藤さんの見る目は、お正月やお花見、お月見といった歳事をこの家で愉しみ、若い頃より茶道や華道を嗜むうちに、自然と養われていったのだといいます。成人してからはさらに美への探究心が深まり、蕎麦猪口から始まった骨董探しは、土器やガラス、布、人形、家具、道具類などへ広がり、それらを求めて全国を駆け巡るように。その情熱はやがて、料理やしつらいに対する探究心へと繋がっていきました。
 「物を見るといろいろ思いついてしまう。ここに花を活けよう、この器を置こうって。大事なんは、季に合うものを使うこと」と、佐藤さんは言います。 

めでた尽くしに華やぐお正月のしつらい

 この日のしつらいは、お正月。玄関口に家紋を施した幔幕を張り、注連縄を飾り、蓬莱飾りでお出迎えします。子孫繁栄と長寿を願うものです。
 1階の床の間には、三幅対からなる富士山の掛け軸を掛け、宝船を置き、客間全体を駿河湾に見立てています。目を見張ったのは、2階の客間。川岸富士男さんの筆による紅白の椿絵の屏風の前に、松飾り、坏に盛られた鯛、螺鈿で梅が施されたお重と大盃が賑やかに置かれていました。
 お正月の心づくしのもてなしに、目も心も華やぎます。しつらいを整え、新年から客人を迎えることは、佐藤さんにとっても悦びであり、新たに一年を始める大切な歳事でもあるのです。 

(1)幔幕を張り、注連縄を飾った玄関。(2)邪気を祓う「墨飾り」と、京焼の鳳凰の飾り。(3)佐藤禎三さん。(4)黄金の茶碗と菊桐蒔絵の菓子鉢で、客人の目を楽しませる。

細部にまで季節の趣向を凝らして


(1)1階客間の床の間には、三幅対の富士の掛け軸を掛け、手前には伊勢海老を添えた
  鏡餅を置く。壁や柱も建築当初のままで、風格がある。
(2)2階床の間の「松樹千年翠」と書かれた掛け軸は、大徳寺・聚光院の寛海師の
  手になるもの。表具は佐藤さんが手がけた。
(3)庭から佐藤邸を望む。
(4)廊下の隅には、大きな木炭をアレンジした飾り。空気を清浄に保つ効果も。
(5)椿をはじめさまざまな草木が植栽された庭。
  幼い頃は庭の池で泳いだ記憶もあるという。
(6)灯が入ると欄間の意匠がいちだんと光彩を放つ。
(7)螺鈿で描かれた柄が美しい火鉢。
(8・9)床の間の壁に埋め込まれた刀の鍔と頭(柄の頭の部分)。
骨董が縁を結び、四季折々の仕掛け人を集める

(1)西宮の「東京・竹葉亭」。梁や柱に造り酒屋「白鷹」の古材を使ってい
  る。佐藤さんの活けた花とハレの日の食事が空間に彩りを添える。
(2)東京・竹葉亭の外観。
(3)竹葉亭の待合室には佐藤さんの絵が掛けられていた。
(4)しっとり落ち着いた佇まいの「温石」。
(5)「温石」の店内。博物館級の器でゆっくり懐石を堪能できる。
(6)大阪・リーガロイヤルホテルの地下1階にある「篝火」を営む平井洋子さ
  ん。店で扱う器や人形の作家は、ほとんどが佐藤さんの紹介なのだという。
(7)佐藤さんのお雛様コレクションの一部。手を広げているのが珍しい
  元禄雛、奥の大きなものは享保雛。
(8)手元に残した蕎麦猪口の一部。中央に見えるのは、初期伊万里。
(9)「吉兆」などを手がけた平田棟梁の手になる羽子板。
(10)飾り棚には、松本の押絵雛や卵でつくった百歳雛、竹節を彫った
  変わり雛など、珍しい雛が飾られていた。



 佐藤さんに誘われてまず訪れたのは、西宮市にある東京・竹葉亭。サラリーマン時代、勤務先にほど近い中之島の本店を利用するうちに、料理や器、しつらいの相談を受けるようになり、今ではアドバイザーとして、ランチョンマットや器のデザインなども手がけています。

  その店内で、流木を花器に見立て、松と極楽鳥花で素早く花を活けていただきました。あっという間に店内が華やぎ、ハレの空間へ。佐藤さんが選ぶ器や盛り付けを、お店の方たちも熱心に見つめていました。 同じように贔屓のお店に、奈良ホテルに程近い「温石」があります。魯山人や辻村史郎など、本物の器で供する懐石の店。ご主人の井上薫さんが、佐藤さんがいなければ店を開くことはできなかったというほど、佐藤さんの審美眼に助けられてきたのだそうです。

  一般の方も、佐藤さんのしつらいを存分に味わえる催しがあります。3月の3日前後の雛祭の時期に4日間ほど家を開放し、佐藤さんが蒐集した骨董の雛人形や変わり雛を展示しています。お茶やお菓子が振舞われ、毎年、4000人もの人が行列をなしてやってくるほど。「何かおもろいことおまへんかといって始めたんやけど、今じゃ簡単にやめられまへん」と少しとまどい顔の佐藤さん。その愛嬌も、人を惹きつけてやまない理由なのでしょう。

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