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ヴォーリズが愛した近江八幡、和と洋の幸せな出会い
vol.2―近江商人の家
Shiga
Text=Madoka Tainaka/Photographs=Naruaki Onishi
前庭から座敷を望む 谷田邸の佇まい

前庭から座敷を望む。大切な客人のための玄関口。

谷田邸の佇まい。軒からは枝ぶりが素晴らしい見越しの松が覗く。

玄関脇の応接室
玄関脇の応接室
谷田邸 近江商人の家
谷田邸 近江商人の家

玄関脇の応接室。一時は洋室だったが、改修して昔の姿に甦らせた右手の格子戸の上には、
上下に開閉する珍しい雨戸「摺り上げ戸」が残されている。

「見越しの松」が美しい、大番頭の邸宅

 江戸時代、京都や大阪、江戸はもとより、遠くは蝦夷の松前、鎖国前は安南(ベトナム)にまで足を伸ばして商売を営んだ近江商人。その本拠地であった近江八幡には、今も、往時の隆盛がしのばれる大商人たちの家が軒を連ねます。
その特徴は、奥行きの深い平入りの白壁木造建築。町屋ならではのうだつや格子、出格子、虫籠窓などが見られますが、京の町屋に比べると間口が大きい家が多いのに気づきます。広い間口の母屋の脇には前庭が設けられ、その庭には風格のある見事な枝ぶりの松が植えられています。塀越しにのぞくこの松の木は「見越しの松」と呼ばれ、大店だった証しです。前庭は、大切な客人を迎えるための玄関でもあり、前庭の前の塀には、一見するとわかりませんが、客門がつくられています。
近江八幡の市街地に居を構える谷田邸も、前庭と姿の美しい見越しの松を擁する伝統的な近江八幡の町屋です。建築後、100年以上とされるこの家は、近江八幡きっての大商人、屋号を大文字屋と称した西川家の大番頭の邸宅でした。一帯は旧城下町の景観を色濃く残していることにより、1991年、全国に先駆けて国の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定された地域。条例により、通りに面した外観の修理・修景、復元に対して補助制度があり、昔ながらの家並みがよく残されている地域です。そのなかにあって谷田邸は、格子戸がきれいに磨かれ、見越しの松や玄関先の花もよく手入れされ、その清浄な佇まいに、住まい手のきめ細やかな心配りがあらわれていました。

気に入ったものだけを選び、飾り、暮らす

 まず通されたのは、玄関脇にある応接室。隅々まで掃除の行き届いた清潔な部屋に、カラフルな椿の柄のクッションと、共布のタペストリーをセンスよく配したインテリアが印象的です。実はクッションやタペストリーは、お住まいの谷田佳寿子さんのお手製によるもの。お母様が遺してくださった着物をリメイクしたものなのだそうです。
「今見ても決して古びていないモダンな柄のものがいくつもあって、捨てるにはしのびないし、かといって着物を着る機会も少ないので、こうしてリメイクしてインテリアの一部として楽しんでいます」。
各部屋を見渡してみると、選び抜かれたものたちがセンスよく配置された部屋のあちこちに、谷田さんお手製の品々が並んでいました。応接室のテーブルは古戸を再利用したもの。和室の机の上にさりげなく置かれたテーブルクロスは、金糸の美しい帯をほどいて縫い合わせたもの。部屋の隅に立てかけられた衝立に、近江の名産である浜ちりめんの古布が張り付けられていたり、谷田さんの筆による日本画が描かれていたり……床の間に飾られた掛け軸や壺など、風格ある骨董品に交じって置かれた、谷田さんの手仕事によるインテリアと四季折々の草花が季節感と華やぎを添えていました。ご実家が近江八幡の伝統工芸品「押絵細工」に携わっていることもあって、谷田さんご自身、手仕事には慣れ親しんでいるのだそうです。
「もともとこの家は、1965年に義理の父が購入したもので、私がここに住むようになったのは十数年ほど前のことでした。はじめは、冬は寒く、あちこち修繕が必要な家に暮らすのは少し不安でした。でも、風通しがよく夏はとても涼しいし、前庭や裏庭、天窓などがあって、一日の光のうつろいがとてもきれいなんです。以前から本当に好きなものだけに囲まれて暮らすというのが理想でしたので、ここでの暮らしはとても気に入っています」と谷田さんは満足気なご様子でした。

前庭に面した座敷
前庭に面した座敷
前庭に面した座敷
前庭に面した座敷

前庭に面した座敷。左手奥の襖絵は谷田さんの手になるもの。

居心地のいい家はご近所のサロンになった

 四季折々に花を活け、季節ごとにインテリアの装いを変える家は、訪れる人の目をいつも楽しませてくれます。そんなこともあってか、谷田邸はご近所の皆さんの集いの場にもなっています。この日は、ご近所のお友達がちらし寿司やお団子をつくって訪ねてきてくれました。
「こうやっていつもお友達がいろんなものを持ち寄って来てくださるから、とても助かっています。家の装飾にも気合いが入りますね」。
谷田邸だけでなく、近江八幡の町屋は今、人々の集いの場となりつつあります。空間をリメイクしてアートスペースやカフェなどの店舗にしたり、あるいはデイサービスの拠点などにも活用されるケースもあるといいます。人が集い、自然にコミュニティが生まれる場所だからこそ、この町特有の景観や文化が伝えられていくわけです。単に残すのではなく、そこに住まう人たちの生き生きとした暮らし方とともに次世代へ手渡していくという近江八幡の文化が人々の暮らしの中に体現されているのです。

格子窓からの眺め 縁側に面した裏庭 土間と板の間

格子窓からの眺め。内部から外はよく見えるが、外からは内部の様子はほとんど見えない。

縁側に面した裏庭。裏庭側のお隣の蔵屋敷もかつては同じ敷地内だったそうだ。

土間と板の間。普段は暗い土間も、時間によって
天窓から光が差し込み表情を変える。

ダイニング
ダイニング

ご近所の皆さんとダイニングで語らう。右より二人目が谷田さん。

Town Area
近江商人の繁栄を物語る家並みとヴォーリズ建築の多彩なデザイン。
近江兄弟社学園

近江兄弟社学園。ヴォーリズの建築デザインを踏襲して建設された。

白雲館

1877(明治10)年に小学校として建てられた白雲館。現在は 観光案内所となっている。

新町通り
新町通り

豪商の家が軒を連ねる新町通りの眺め。

旧・八幡郵便局 旧・忠田邸
旧・八幡郵便局 旧・忠田邸

ヴォーリズ建築として現存する旧・八幡郵便局。現在はギャラリーとして活用されている。

近江八幡日牟禮ヴィレッジ内にある旧・忠田邸。

三松 尾賀商店 ヴォーリズ記念館

地元に人気のお惣菜店「三松」。親子で営む。

個性的な店舗が集う「尾賀商店」。

NO‐MA 手前が三松、向かいが尾賀商店 ヴォーリズ記念館

ユニークなアート作品を展示する「NO‐MA」。

永原町通りを挟んで手前が三松、向かいが尾賀商店。

ヴォーリズ記念館。 かつてヴォーリズの邸宅だった。

コミュニティの共有財産として暮らしとともに生き続ける街

 近江商人発祥の地として知られる近江八幡には、豪商たちの風情ある家並みや、かつて運河として利用された八幡堀が、往時の姿のまま残されています。それを可能にしたのは、清掃活動から始まり、景観保全活動へと繋がっていった、そこに暮らす人々の街並への思いです。その根底には、信用を第一とし、物不足に便乗した値上げなどを厳しく戒め、人々に愛される商いを心がけた近江商人の気質が息づいているのでしょう。橋の架け替えや神社仏閣への寄進などを怠ることなく、地域貢献を大切にしてきた人々の心は、今では、町屋やヴォーリズの建築をコミュニティの共有財産として大切に扱う姿勢につながっています。
町を歩けば、そうした町の財産が新しい形で生まれ変わり、活用されている姿を見ることができます。たとえば、町屋を改修したボーダレス・アートギャラリー「NO-MA」。近江商人だった野間清六の分家を改築し、ユニークなアート企画展を開催しています。昨年11月にオープンした「尾賀商店」は、町屋を改築して、中にカフェやギャラリーなど、個性豊かな店舗が数点集う多彩なスペース。今後はさらに、ライブなどのイベント空間としても活用される予定だといいます。
ヴォーリズの建築の内部を堪能できるスペースもあります。近江八幡が発祥の菓子店が運営するクラブハリエ日牟禮では、旧・忠田邸を個室カフェとして開放。ヴォーリズ建築でくつろぎつつ、窓からは季節の花を眺め、美味しい洋菓子をいただくことができます。
近江八幡は年間300万人もの観光客が訪れる地でありながら、観光地にありがちな歓楽街やレジャー施設があるわけではありません。ここにあるのは、歴史であり、脈々と伝えられてきた文化であり、風情ある人々の暮らしぶり。ヴォーリズがそうであったように、この町を愛し、そこに暮らし続けている人々の姿勢こそが、訪れる人を惹きつけてやまないのではないでしょうか。

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